金髪の孺子と赤毛のボウヤとその彼女達

銀英伝ライキルでその嫁との妄想にふけたり、我が国のミリな制服や乗り物に萌えるブログ(のハズ)

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+++++++星降る夜に+++++++高村 恵里

高村 恵里

 新帝国暦は既に九年が暮れようとしていたが、宇宙は平和を保っていた。
 獅子王と呼ばれ、戦いを嗜む、とまで言われたローエングラム王朝初代皇帝ラインハルトも、とうの昔に結婚して、皇子皇女に囲まれた幸せな生活を送っていた。
 皇帝の姉、グリューネワルト大公妃も、首席元帥ジークフリード・キルヒアイスと結婚して早三年になるが……。
 この二組のロイヤル・ファミリー、どういうわけか子だくさんで、一覧表を見ないと、誰がいくつで、どういう名前か、つい忘れてしまう程なのである。
 おまけに同じ年に生まれた双子が二対いて、それでなくても似ている子供たちなのに、さらに訳が分からなくなってゆくのだった。


 先頃、皇帝一家は、帝国をあげての双子ちゃん満一歳祝賀行事を終えたばかりだった。
 まあ、国をあげてといっても、そこは我等がラインハルト陛下のこと、かわいい双子を抱っこして、王宮『獅子の泉』のバルコニーにて臣民に手を振っただけという、ごく簡単なものではあったが。
「かわいく撮れてる……ふむ」
 ラインハルトは、王宮の皇帝執務室で、立体写真をながめていた。ただし、仕事をせずにくつろいでいる、という訳ではない。
「お決まりになりましたか? ラインハルト様。あと十五分程で宮内省にご意見を連絡する約束になっていますからね。早く選んで下さい」
 にっこりといつもの笑顔で、しかし有無を言わせない迫力を秘めて催促したのは、もちろん赤毛の首席元帥閣下、ジークフリード・キルヒアイスである。
「だって、これ全部かわいいじゃないか。アレクもクリスも、双子もよく撮れてる。このうち一枚だけなんて選べないぞ、おれは」
 ラインハルトが見ているのは、先日の双子ちゃん誕生祝賀の際の皇帝一家の写真だった。
 宮内省広報担当から、一般のメディア向けに配る写真を決めてくれ、と言われているのである。
「広報担当者が勝手に決めると、ラインハルト様があとで気に入らなかったら困りますからね」
「おれはそんなことでは文句は言わんぞ」
 実の姉をして、『あの子は光年レベルのことしか興味がないから、それ以外のことは事後報告ですむのよ』と言わしめたラインハルトだが(しかしアンネローゼもよく言うよな……)、最近は皇妃はじめ、子供たちのことにはちょっとうるさい。
 宮内省がトラブルを避けようと慎重になるのも当然、とキルヒアイスは内心苦笑した。
「それでしたら、これはいかがですか?」
 キルヒアイスが指し示した立体写真は、皇帝の家族五人が仲良く並んで立っているものだった。
「うん? 子供の顔がハッキリしないぞ、これは」
「それでいいのではないですか?お子様たちのプライバシーが過度に侵害されないで済みますし、それになんといっても、このお写真が一番、皇妃陛下がお美しく写っておられます」
「ほ、そうか?」
 もう一度その写真をながめるラインハルトの顔が、嬉しそうにほころんでいる。
 子供もかわいいが、やっぱりこの方は皇妃陛下が一番なんだなあ、とキルヒアイスは微笑ましかった。
 自分自身はもっと妻べったりのくせに、その辺りはドンと高い棚に放り投げているのがキルヒアイスの可笑しいところではある……本人に確たる自覚はないのだが。
 ラインハルトはしげしげと写真を見つめ、最後には手にとってみた。
「うん。よく撮れてるよな、皇妃。いい顔してる」
「そうでしょう。では、それにお決めになりますね?」
「うん……」
 写真を見つめているうちに、ラインハルトの表情がだんだん上の空になってきた。
「連絡してしまいますよ、いいですね」
「うん、いいぞ……」
「ラインハルト様……」
「…………」
「ラインハルト様っっ!!」
 どこか別の銀河系にでも意識を飛ばしている感じの皇帝を、キルヒアイスは大声で呼び戻した。
「うくっ……なんだ、キルヒアイス、うるさいなあ」
「どうなさったのですか? 何かお気掛かりな点でもあるのでしたら、別の写真にいたしますが」
「いや、写真はこれでいいんだがなあ……」
 こともあろうに、ラインハルトは頬杖をついて、ため息を吐き出している。ただごとではない風情に、キルヒアイスは心の準備を始めることにした。
 ラインハルトがこういう状態になった後に言い出すことは、たいてい突拍子もないことが多い。
 あらかじめ心に甲冑を着せておかないと大変なことになる、というのが、キルヒアイスが長年の経験から導き出してきた処世術である。
「写真のことではないのでしたら、何か皇妃陛下ご自身について、ご心配なことがおありになるのですか、ラインハルト様」
「うん。そうなんだ。分かるか、キルヒアイス」
「ラインハルト様が、何かお心に掛かっていらっしゃるのは分かりますが、そこから先は私にはなんとも……」
「お前さあ……」
「はい、ラインハルト様」
「お前と結婚して……姉上はお幸せだと思うか?」
 ほおら来た。
 アンネローゼ様がお幸せかどうかって、そんなこと……失礼な。
「お前なんか五歳も年下だしさ、真面目なのは取り柄だけど、どっちかといえば無趣味で、洒落たことのひとつも出来ないしさ、それに……」
「……まだ何か文句がおありですか」
 さすがのキルヒアイスも、ちょっと、ムカッとしている。
「結婚して三年しかたってないのに、三人も子供作るしさ」
「…………」
「そりゃ、おれだって、四人の子持ちだけどな、ちゃんと妊娠から妊娠までの間をあけてるんだぞ。ご高齢出産になる姉上に年子なんか……」
「お言葉ですが、私だって意図的にそうしたわけではないのですが……」
「意図的にちゃんとやらないから悪いんだ。仲のいいのも程々にしておかないと……もう次が出来てるんじゃないのか?」
「大丈夫です。その辺はうまくやってますよ」
「基礎体温はアテにならないから、気をつけるんだぞ。排卵日じゃないといって安心するなよ」
「ご心配なく。その気になったら排卵日だなんて関係ないですから、ちゃんと別の方法をとってます」
「そ……そうか」
 ラインハルトの顔が少し赤くなる。しまった……、とキルヒアイスは天井を仰いだが、もう遅かった。
 こんな調子で、ついついラインハルトのペースにハマってしまうのだ。いけない、いけない……。
 キルヒアイスは、バラバラと落ちかけた心の甲冑を、もう一度きちんと着付け直した。
「私のことを、どうこうおっしゃっていても始まらないでしょうに。ラインハルト様は皇妃陛下のことが、何かご心配なのでしょう?」
「うん……」
「皇妃陛下は、ラインハルト様に、何かご不満をおっしゃっているのですか?」
「いや、別に何も言っていないが……どこか、つまらなそうな顔をしてるような気がする」
「最近は、政務・軍務ともに、それほどハードではありませんからね。ご夫婦で過ごす時間も結構あるはずでしょう」
「そうなんだけどな」
 以前のように、二人で時の経つのも忘れて議論に没頭することも、気がつけばあまりない。
「どうやら、先程ラインハルト様が私に対しておっしゃったこと、そのままお返しした方がいいようですね」
 無趣味、無粋、無頓着、無節操……
「無節操はお前だけだぞ、キルヒアイス」
「だから……」
 それはさておくとして。
「ラインハルト様の朴念仁ぶりに、皇妃陛下もちょっとお疲れなんですよ」
「お前さあ……歯に衣を着せるって言葉知ってるか?」
「さっきのお返しです」
「…………」
 ラインハルトがしゅんとしてしまったので、キルヒアイスはからかい過ぎたのを後悔した。
「すみません、言い過ぎました」
「いや、いいんだ。その通りなんだろう、たぶん」
 ラインハルトは、さっきの写真をくるくる回して、ヒルダの姿をじっと見た。
「結婚七年目にして倦怠期、か……」
「ラインハルト様……そんなことありませんよ。きっとお気にし過ぎでしょう。今日帰ったら、にっこり笑って皇妃陛下が出迎えて下さいますよ」
「そうだな……」
 ラインハルトはふう、と息をついて、立体写真をパタンとしまった。
「考え過ぎてもいけないし、ここは前向きにお前のところでも見習うことにするか」
「私、ですか?」
「無節操にラブラブな夫婦関係ってやつ……違うとは言わせないぞ」
「ラインハルト様っ」
 ペロリ、と舌を出したラインハルトの顔は、もういつもの元気さを取り戻していた。それを見たキルヒアイスは、とりあえず安心して、宮内省に電話するために席を立った。



 倦怠期。
「嫌な言葉だ……」
 キルヒアイスは唇をきゅっと噛みしめると、コートの肩をすくめた。
 手には、仕事の帰り道、買ってきた花束がある。
 夫婦の危機は、三日・三ヵ月・三年と訪れると最初に言った人間は誰だろう。
「三年目の浮気って成句もあるし……そういえば七年目の浮気、ともいうよなあ……」
 ラインハルトが七年目なら、自分も三年目。キルヒアイスはなんだか心配になって、アンネローゼに花でも贈ろうと思い立ったのだ。
 何かの記念日でもないのに、そういうことをするのは久しぶりだった。
 玄関を開けるなり、その花を渡されたアンネローゼは両手で受け取って、とても嬉しそうに抱えた。
「まあ、ジーク、綺麗なお花。キキョウの新種ね、それにカスミソウ」
「それほど高価なものではなかったんですが、この色がとても良かったので、これにしたんです」
 うす青いその花は、アンネローゼの瞳の色だった。
「冬に合ってて素敵よ、ありがとう。でも今日は何の日なの? 結婚記念日は先々月過ぎたし?」
 キルヒアイスは、それを聞いて苦笑した。
「やっぱり、そう思いますか。最近、何か理由がないと貴女に贈り物をしていなかった報いかな」
「まあ、そんなこと、気を使わないで。でも、やっぱり何かあったのじゃなくて?」
「貴女には隠し事が出来ませんね」
 遅い夕食の後、食後のコーヒーを飲みながら、キルヒアイスは今日の一件をアンネローゼに語って聞かせた。
「まあ、ラインハルトがそんなことを言っていたの」
「アンネローゼ様はどう思いますか?」
「夫婦の仲がうまく行ってないなんて、考えられないけれどね。でも、もしかしたら何かあるかも」
「何かって……心当たりがあるんですか?」
 姉と弟、といっても、その弟は銀河帝国皇帝である。
 その皇妃であるヒルダとアンネローゼは、けして仲が悪いわけではなかったが、それほど始終行き来しているわけでもない。
「だから、皇妃陛下の普段の生活ぶりはよく知らないのだけれど」
 アンネローゼはコーヒーカップをテーブルに戻した。
「そういえば最近のヒルダさん、何か考え込んでいるようなところがあるわね」
「そうですか。でも、お子様たちのお相手だけでも、毎日お忙しいでしょうに」
「そうね。それでも細々としたお世話には人手があるしふとした自分の時間に、かえっていろいろ考え込んでしまうのではないかしら」
「色々?」
「そう。だって考えても見て、ジーク。ヒルダさんは私などとは違って、結婚なさる前はラインハルトの首席秘書官としてお仕事をされてきた方でしょう」
「そうです。ラインハルト様も本当に頼りになさってましたよ」
「それに比べて、今はどうかしら。ラインハルトもあなたも、皇妃陛下を大切にするあまり、彼女を皇宮の奥に閉じ込めていないかしら?」
「なるほど……」
 キルヒアイスは考えてみた。
 ゴールデンバウム王朝時代の皇妃は、単に皇帝の正妻というだけの地位に過ぎず、表立った公務をこなした者など、ほとんどいなかった。
 巨大な後宮が存在していたこともあり、宮廷内部の勢力争いや、皇太子、ひいては皇帝の母としての権利を守ることに勢力すべてを費やしていたといっても過言ではない。
 皇帝が女性であった場合を除いて、皇室の女性が表に出ることは極めて少なく、後宮をきらびやかに飾る存在としての他、役割など何もなかった。
「ラインハルト様は、色々と改革をなさったし、今は後宮と呼べるものはありませんからね。ラインハルト様のご一家という、それだけで」
「皇帝陛下の家庭を護って、皇子皇女殿下を大切に育てるのも、皇妃陛下の重要な役割でしょうけど、ヒルダさんの能力は、それだけではもったいないわ。ご自分でも漠然と、そう思っていらっしゃるのではないかしら」
「そうですね」
「今忙しければ忙しいほど、自分を見失うようで不安になると思うの」
「そんなものでしょうか」
 分かったような、分からないような顔をしているキルヒアイスの額を、アンネローゼは人指し指でつん、とつついた。
「昔話の主人公だったらね、王子様と結婚できれば大満足、めでたしめでたし、なのだけど。ヒルダさんは、皇帝と結婚すること自体が人生の目的だったわけではないのよ、ジーク」
「難しい……」
「でも、分かるでしょ?」
「ええ、なんとなく」
「皇妃陛下のご公務について、再考したほうが良さそうですね」
 キルヒアイスは、一応前向きな解決の糸口を与えられて、ほっとしてソファにもたれた。
「なんにせよ、ラインハルト様ご夫妻が倦怠期だの、七年目の浮気だのでなくて良かった」
「あら、真実は分からないわよ。安心するのは早いかも知れないわ」
 アンネローゼがからかう。
「いえ、おそらくアンネローゼ様のご明察のとおりだと思います、私も。こればかりはラインハルト様に、皇妃陛下とよく話しあってもらわなければなりませんが」
「それがいいわね」
「それより、アンネローゼ様」
「はい?」
「貴女はどうなんですか、その、そこのところ……」
「まあ、ジーク。やっと気がついてくれたの?」
「は……」
「いつ、私のことを心配してくれるのかって思ってたところよ」
 からかわれていると分かっていても、キルヒアイスは慌ててアンネローゼの手を掴んだ。
「す、すみません。貴女のことを考えていなかったわけではないんです」
 アンネローゼは答えずに、握られた手を握り返した。
「ラインハルト様にも聞かれましたが、貴女は私と結婚して幸せなのかどうかって」
「まあ……」
「私は年下だし、無趣味だし、その、あまり面白味のない人間だから……」
「ジーク……」
「アンネローゼ様をこの家にとじ込めて、子供たちの世話をさせて、料理をさせて……ラインハルト様のところに比べたら、使用人も十分ではないかも……」
「大丈夫よ、ジーク」
「何か不満があったら遠慮なく言って下さい。そうでないと、私は……」
 アンネローゼのことになると、つい真剣になり過ぎるのが、キルヒアイスの悪い癖であるかもしれない。
 自分で言っているうちに、本当に心配になってたまらなくて、彼は取った手を引き寄せた。
 アンネローゼはそんな彼を困ったものだ、というふうに見つめて、
「不満はあるわ」
「えっ」
「だってそうでしょ。こんなに私が幸せなのに、それを信じてくれないなんて」
「アンネローゼ様……」
「私だって、年上で、家事くらいしか出来ることがなくて、子供を育てるのでせいいっぱい。いいところなんて何もないでしょ?」
「そんなふうに考えたことは一度もありません」
「私も同じよ。だから、大丈夫。こういうことは、人それぞれですもの」
 抱きしめようとするキルヒアイスの手をするりと抜けて、アンネローゼは花を生けてある花瓶の側へ行った。
「私の誕生日には、もっともっと大きい花束が欲しいわ、ジーク」
「分かりました。貴女には持てないくらいの花をプレゼントしましょう」
 花と妻とを見比べて、キルヒアイスは思った。
 ラインハルト様は、プロポーズの際に、大きなバラの花束を皇妃にプレゼントした。
 子供も出来て、最近は夫婦の時間もとれるようになって来た。
 そして次に、ラインハルト様が皇妃陛下に贈るべきものは何だろう…………。



「それでは問題その1」
 ベッドで夫を待っていたヒルダは、いきなりの問いに目をみはった。                  「最近、フェザーンでは順調に経済が発展し、金融政策が緩和され、通貨量が増大している。旧帝都オーディンならびに新領土ハイネセンとの間に、通信設備関係のインフラが整備されてきたこともあって、きわめて速やかな資金決済が可能になり、その結果」
「ちょ、ちょっと待って下さい、陛下。いったい何事ですか……」
「この問題には関心がないか? それでは別の問題にしよう。戦争が集結してから十年が経つが、その間、さまざまな理由により、軍備縮小が思いの他進んでいない。
ローエングラム王朝の武断的特色を最大限に残しつつ、経費削減のための軍縮を効率よく進めるためには」
 ラインハルトが何をいっているのか、ヒルダの頭には入ってこない。
「……だから陛下、いったいこれは、試験ですか? 私に対しての」
「試験? そんな姑息なものではない。予は貴女と議論をしたいのだ。そのための問題提起だ」
「問題提起……」
「まだあるぞ、皇妃。政治面では、バーラト自治区の今後について、また、かのヤン・ウェンリーから随時提言されている、帝国議会の創設、憲法の制定について、どう考えるべきだろうか」
 ラインハルトは一息ついた。
 さっきから、演説のような長いセリフを吐いているので、いささか口が乾いている。
「水……」
「は、はい、陛下」
 ヒルダは、ベッドサイドの水差しから、コップに一杯の水を注ぐと、ラインハルトに手渡した。
「ふうう」
 喉をならして水を飲むラインハルトを、まだ不審な目でヒルダは見ている。
「本当に、どうなさいました、陛下」
「だから、貴女と議論したいのだ、皇妃。予は、しばらく貴女と政治問題について議論をしていないことに気がついたのだ」
「そう言われれば、そうですわね」
「帝国は今、平和だからな。貴女に相談しなければならない危急の問題もないし、下手に煩わせてはいけないと思って、ついつい予もこういう話はしなかった」
 ラインハルトは、彼らしい性急さで、いきなり傍らのヒルダを抱きしめた。
「すまない、皇妃」
「は?」
「きっと、つまらなかったんだろう、寝室で」
 ラインハルトはいたって真剣なのだが、ヒルダは、相変わらず目を剥いたままである。
 ラインハルトは何かを謝罪してくれているらしいが、どうもピンと来ない。
「寝室ですることといったら、子供の話とか、我々の健康の話とか、それからセックスとか……それだけで」
 そういうのも、なければ困るだろうが。
「お待ち下さい、陛下。いったいどうなさったというのです? 何か私に落ち度でもございましたか?」
 ラインハルトは、抱きしめていたヒルダを離すと、じっと顔を見つめた。
「いや、落ち度などではなく、だな……」
 ラインハルトはベッドを飛び出すと、軍服のポケットに仕舞い込んであった立体写真を取って戻って来た。
「これ……」
 薄明るい寝室に、皇帝一家の写真が現れた。
「まあ、これは……」
 例の写真である。
「キルヒアイスがな、この皇妃がとてもよく撮れているというんだ。予もそう思う。本当に生き生きしていて、明るい顔だ」
「ありがとうございます」
「でも、最近、貴女のこういう明るい笑顔を見ることが少ない」
「え……そうでしたか?」
「何か悩み事でもあるのか、と思ったが……姉上がおっしゃるには、皇妃のような女性を、ただ妻として母として、皇宮に置いておくだけというのは、貴女にとって良くないことだと」
 ヒルダはようやく、ラインハルトの長演説の理由が飲み込めた。
「陛下」
「なんだ、皇妃」
「お心遣い、ありがとうございます。でも、それなら、単刀直入にお聞きになって下さればいいのに」
「…………」
 今度はラインハルトが言葉に詰まる番だった。
「私、確かに最近、考えていたことがあります」
「やはり、そうか」
「育児の合間などに、ちょっと手が空くと、いろいろ考えてしまっていました。それがご心配のもとになったとしたら、まことに申し訳ありません」
「謝らなくていいぞ、皇妃。やはり貴女には何か適当な公務を担当してもらうべきだったのだ」
 ラインハルトは、もう一度ダッシュで寝室を飛び出すと、今度は一枚の紙切れを持って、飛んで戻って来た。

 帝国赤十字名誉会長、
 従軍看護婦養成基金運営理事会名誉理事、
 帝国若者の教育を考える若葉の会参事、
 旧貴族救済再生委員フェザーン本部名誉委員長、
 ハイネセン特別親善公使……

「まだあるぞ。貴女にふさわしい役職を二十は考えてみたのだ。何かやってみたいものはあるか?」
「陛下……」
 ヒルダは、そのリストを丁寧に見ると、大事そうに畳んで、サイドテーブルの引出しにしまった。
「私が気づかないうちに、本当にご心配をおかけしていたんですね。これだけリストアップなさるのは、大変だったでしょう」
「キルヒアイスとオーベルシュタインに、三日調べさせた」
「それは、お二人ともお気の毒に」
 ヒルダは笑った。
 ラインハルトは、本当に久しぶりにヒルダの笑顔を見ような気がした。ラインハルトが自分で思い悩んでいたせいもあったのだろう、実際はそんなことはなかったのだが。
「どれもお気に召さないのか? 皇妃」
「いいえ。いずれ、双子がもう少し大きくなったら、私も何か仕事を致しますわ。少しでも陛下のご公務のご負担が軽くなりますように」
「それでは……皇妃の考えていることというのは……」
「ええ。私に仕事を下さろうとした陛下や元帥方には申し訳ないんですけど、ちょっと違うんです」
「うん? なんだ、そうだったのか。予の早とちりか……?」
 へなへな、という表現がこの華麗は皇帝に許されるなら、へなへなと、ラインハルトはベッドに座り込んだ。
「すみません、陛下」
 ヒルダはラインハルトの腕をとって、
「私も本当に迷っていたんです。こんなこと陛下に言いだしていいものかって。でも今夜、決心がつきました」
「何なのだ、皇妃。それは」
「私……大学に行きたいんです」
 今度はラインハルトが目を丸くする番だった。
「大学だって??? それは教授として講義をしたいということなのか、それとも」
「はい、学生としてです、陛下。私が秘書として陛下にお仕えする前は大学に通っていたのですが、中途半端なところで止めてしまったので、ずっと心に残っていたのです」
「し……しかし皇妃、貴女に対して、国際政治や軍事の専門を講義出来る教授がいるとも思えないが……」
「これからの帝国のために、今度は経済の勉強をするつもりです」
「そうか……」
 ラインハルトは、ヒルダの輝く瞳と真剣な表情をしっかりと見た。これこそが、ラインハルトの見たいものだった。
「貴女の気持ちは良く分かった。今後は、経済閣僚も顔負けの経済通になって、私を補佐してくれるというのだな、皇妃」
「そう出来たらすばらしいと思います、陛下」
 ラインハルトはもう何も言えずに、ヒルダをぎゅっと抱きしめた。



「という具合で一件落着だ、キルヒアイス。いろいろと心配かけたな」
 皇帝執務室で事の顛末を聞いたキルヒアイスは、なるほど、と感心したような表情を浮かべた。
「そういうことだったのですか。やはり、人間話し合ってみないと分からないものですね」
「でも、お前と姉上の推測も、当たらずと言えども遠からず、ってところだな」
「七年目の浮気だったらどうしようかと、本気で心配しましたからね」
「してないってば」
 ラインハルトは不服そうに口を尖らせた。
「まあいいや。大学の勉強をする、といっても、皇妃が実際に通えるかどうか、教授を皇宮に呼ぶのか……その手配、お前にまかせるぞ」
「ラインハルト様ご自身で手配して差し上げてはいかがですか?」
「そうしたいのは山々なのだがな。おれがしゃしゃり出ては皆がびっくりするから、駄目だ」
「そうですね。では、私が承ります」
「あーあ。皇帝というのも、不便なものだなあ」
 ラインハルトは肘掛け椅子の上でそっくり返った。
「そういうところもありますね。ラインハルト様」
 ラインハルトのお相手をしている時にも、書類をチェックし続けている多忙な首席元帥は、そのうちの一枚にふと目を止めた。
「元フェザーン資本と帝国政府の合同プロジェクト遊園地が、完成五周年を記念して、大々的な新年カウントダウンパーティーを挙行の予定、軍・政府の許可を頂きたく……」
「ああ、あの巨大テーマパークか?」
「そうだ、いいことを思いつきましたよ、ラインハルト様」
「何だ?」



「これで分からないでしょ、ジーク?」
「はい、アンネローゼ様、皇妃陛下も、すっかり民間人になっていらっしゃいますよ」
「ラインハルトは?」
「今来ます。あ、ラインハルト様、こっちこっち」
 大晦日、真夜中の巨大テーマパーク。
 VIP専用駐車場からこっそりと外へ出た四人は、どこからみても、その辺にいる若い二組のカップルに見えた。
 キルヒアイスはコートの襟を立てて髪を隠し、アンネローゼは眼鏡をかけ、ヒルダはもこもこのダウンジャケットで体型をごまかしていた。
 ラインハルトは金髪を後ろでくくり、毛糸の帽子をかぶっている。
「みんな変だな。何か可笑しい」
「さあ、行きますよ。はぐれないで」
 ゲートとくぐると、そこはもう、人、人、人。
 あと数分に迫った新年を待ち受ける人の波だった。
 夜空にはレーザー光が色とりどりに輝いて、音楽が賑やかに流れ、人々はさんざめいている。
 人の波に揉まれて流されて行きながら、四人は四人とも、過ぎて行く年を振り返っていた。
「皇妃」
「駄目です、ラインハルト様、その呼び方は」
「あ、そうか。じゃ、ヒ……ヒルダ」
「はい、陛下……じゃなくて、ラインハルト様」
「楽しいか?」
「はい」
「こんなことは初めてだが、たまにはいいだろう。これからの一年を、私たちにとって、あたらしい意味のある年にしたいから」
「はい、陛下……いえ、ラインハルト様。だから、このようなところに、お連れ下さったのですね」
「キルヒアイスの発案だがな」
「いい考えだったわね、ジーク。楽しいわ」
「さあ、そろそろ始まりますよ」
 その言葉が聞こえたかのように、あたりの灯が全て消えて、真っ暗になった。
 空を見上げれば、星が降るように瞬いている。広場の真ん中の時計だけが、ぼんやりと照明に浮かび、秒針が刻々と新年に近づいている。
「さあ、カウントダウンだ」
 五、四、三、二、一、……
 ゼロ、という声の終わらぬ内に、あたり一斉に灯がついた。
「おめでとう」
「おめでとう」
「新年が、いい年でありますように」
 人々の声が、夜空、人工の流れ星に、そしてその向こうの宇宙へとこだましていく。
 お忍びの四人も、その波に揉まれながら、しっかりと手をつなぎ、幸せな新年を新鮮な気持ちで迎えた。


 明けて新帝国暦十年。
 さて、この年に、どんな物語が待っているのだろう。

DAS ENDE

 

コメント:
 皇妃は忌むべきナンバー2? どうなんですか、オーベルシュタイン元帥? でも、ヒルダを家庭においておくだけではもったいないとは思いますよね? ってことで、彼女にはたとえ家庭にあっても、ラインハルトのよき相談役になってもらいたいです。アンネローゼ様はキルヒアイスに甘えててもらって可だけど……。(高村恵里)



…で、これをうけて(?)書いて下さったお話が、猫屋さんの、"Twin Milky Way"に続くワケですね。ラインハルトに出会った当時、ヒルダって、オーディンの大学に行ってたんだもんね。(実家?は、本来は、マリーンドルフ家が所有している星なんだもんね)高校もオーディンの寄宿舎付き高校(女子校????)だったと思ってる私(だって、外伝3で、街角歩いてたし…)大学で、何専攻してたんでしょう?文学…ってことはないだろうから、やっぱり、政治・経済だったのかなぁ?でも、政治の実権は、お貴族さまが牛耳ってたわけだし、どうなってたんでしょうね?(あ、でも、ブルックドルフ(?でしたっけ?)とか、まともな政治思想のひともいたりするわけだからなぁ~)(南 秦広)

200203頃、サイトに掲載。
発行本はどれだっけ?(笑)
多分、1999年とかそのあたりなんじゃないかな?
本は完売してますが、サイトで読めたかと。

「温泉効果」と時期がかぶってる…!!!(笑)
 
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