金髪の孺子と赤毛のボウヤとその彼女達

銀英伝ライキルでその嫁との妄想にふけたり、我が国のミリな制服や乗り物に萌えるブログ(のハズ)

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Flugel/高村恵里

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 一日の執務を終えて、リンベルク通りの下宿に帰ったキルヒアイスは、まだ二階の灯が付いていないのに驚いた。
「ああ、金髪さんかい?」
 キルヒアイスが訊ねると、下宿を切り盛りしているフーバー夫人が首を傾げた。
「帰って来たのは早かったよ。まだ明るいうちだったからね」
「ええ。それは知ってます。僕は雑用があったので残ったのですが、ラインハルトさまは先に……」
「ほう? 赤毛さんを置いて先に戻るなんて、それもまた珍しいことだね」
 キルヒアイスはうなずいた。用事のあるときは別だがそれ以外、ラインハルトに置いて行かれることはめったにない。
「で、ご飯も食べずに飛び出していった、と……」
「そうなんだよ。あと三十分で仕度出来るからと言ったんだけど、待ち切れなかったみたいだったよ」
「行き先は言ってましたか?」
「いや、何も。ちょっと行って来ますって、それだけだったね」
 キルヒアイスは、ふう、と息を吐いて、こくん、と頭を振った。
 行き先は大体見当がついている。それにしたって、こんな時間に……まったく、ラインハルトさまったら。
「赤毛さん、食事にしておくれ」
 フーバー夫人は、まだコート姿のキルヒアイスを食堂へうながした。
「はあ。でもラインハルトさまを探して戻りますから、それから……」
 そう言ってはみたものの、ちょっと不機嫌なフーバー夫人は許可しなかった。
「今夜はせっかく御馳走にしたんだから、あんただけでも美味しいうちに食べてもらいたいもんだよ」
「すみません……」
 結局キルヒアイスは、フーバー夫人の料理人としての矜持を傷つけないために食堂に直行し、焼けたばかりのチキン・パイと、しばし格闘するはめになった。

 キルヒアイスがもう一度外に出たときには、夜の九時を回っていた。食事をしている間にラインハルトが帰ってくるかも知れないと思ったのだが、その期待も外れてしまった。
 十九歳になったばかりとはいえ、ラインハルトは帝国軍大将という地位にある人間だ。夜に自宅に帰らなかったからといってそれほど心配なことはない……とキルヒアイスも思う。だが、彼は下宿で待つより、探しに行くほうを選んだ。
 ラインハルトの帰りを気にしながら夜を過ごすより、そのほうが自分自身の気が楽だったからである。
 もしも万一、彼に身の危険が及んでいるのなら、自分が探すのをラインハルトも待っているはずだ。
 逆にキルヒアイスがいなくなったとしたら、ラインハルトもそうしてくれるだろう。それにはキルヒアイスは確信が持てる。二人はそういう仲だった。
 キルヒアイスの足は、迷うことなく下宿の北にある運河沿いの道へ出て、ちょうど来たバスに乗った。
 軍務省や他の官庁の並ぶ通りを回って繁華街を通り、新無憂宮まで行くそのバスを、途中で乗換え、宇宙港に向かう。
 乗り換えた後のバスは、彼のほか二、三人の下級兵士が乗っているだけで、閑散としていた。
「夜勤の警備隊兵士なのかな」
 キルヒアイスはそう思ったが、よくは分からない。
 兵士たちの方も、キルヒアイスの中佐の襟章を見て緊張したようで、二十分ほどで目的地に着く間、仲間同士の会話もしない。
 オーディンの夜は静かで、この帝国がもう150年も戦争を続けていることなど、軍人であるキルヒアイスも忘れてしまうぐらい穏やかだった。
 もちろん、それは見せかけの穏やかさなのを彼は知っている。キルヒアイスとラインハルトにとっても、今は束の間の休息の時に過ぎない。
 バスを降りると、宇宙港の灯がきらめく様が、一瞬切ないほど美しく胸に迫って、キルヒアイスは立ち止まってそれを眺めた。
 ここからまた戦場に飛び立つのはいつだろう。
 それを厭いはしないが、ラインハルトのように待ち焦がれるというわけでもない自分を、キルヒアイスは知っていた。
 それでも、ラインハルトの傍らにあって宇宙を往くことに、彼は人生を賭けている。それは、十歳のあの日、ラインハルトとアンネローゼの姉弟に初めて会ったときから、彼が選んだ道だった。誰が信じなくても、彼の心に訪れた天啓だったのだ。
 電動カートに乗って広い宇宙港を移動すること15分で、キルヒアイスはようやく目指す場所に着いた。
 宇宙港の一角、種々の戦艦が翼を休めるそこに、真新しい戦艦が、銀白色に輝く流線型の美しい姿を横たえていた。
 新造戦艦ブリュンヒルト。ラインハルトの大将昇進にあたって皇帝から与えられた、誇り高い女戦士……。
 ラインハルトは、おそらくこの艦を見に来ているだろうというのが、彼の推測だった。
 専用の通路にカートを止めて降り、キルヒアイスはあたりを見回してみた。が、人っ子一人いない。
 夜のこんな時間に、宇宙港の格納庫に人などいないのも当然かも知れないが、さてどうしたものか。ラインハルトは、この艦を見にここへ来たのではなかったのだろうか……。
 キルヒアイスは、ふと気付いて、柱の壁にセットしてあるヴィジフォンを取った。
 すぐに係員が出た。
「警備室です」
「こちらは、第七格納庫S-403e地区ですが、ちょっとお訊ねしたいことが……」
 相手はとまどったように黙り込んだ。こんな時間に、人のいるはずのない所からの連絡である。いぶかられても仕方がない。ようやく応答があった。
「卿の姓名と所属は?」
「宇宙艦隊最高幕僚会議常任委員ラインハルト・フォン・ミューゼル大将の副官、ジークフリード・キルヒアイス中佐です」
 身分証を見せながら答えると、画面の向こうで、相手が息をのんだ。
「これは、失礼いたしました」
 そして、キルヒアイスが次を訊ねる間もなく、警備兵の言葉が続いた。
「ミューゼル大将閣下でしたら、今夕こちらにお見えになり、戦艦に乗り込んでいらっしゃいます」
「戦艦の中に、ですか?」
「はい」
「お一人で、ですか?」
「はあ……。お見えになった時には整備兵が内部の点検中だったため、お入りになるのに問題はありませんでしたが、作業の終了後は、お一人でお残りになると申されて……。お止めしたのですが」
 キルヒアイスは警備兵が気の毒になった。
 ラインハルトのことだ。自分の希望を通すためなら、多少強いことでも言ったのだろう。一介の兵士では逆らえなかったに違いない。まあ、軍規違反だの、宇宙港整備規則違反だのになるわけではないから、構わないのだろうが。
「いや、卿の判断に誤りはありませんから、気にしなくてもいいでしょう。それより、閣下と連絡が取りたいのだが」
「分かりました。ブリュンヒルトのハッチは遠隔操作モードに切り換えてありますから、こちらで開けられますが。中佐も内部にお入りになりますか」
 警備兵は明らかにほっとしている様子だった。どうやら、戦艦の中に入りっぱなしの士官が心配だったに違いない。
「お願いします」
 キルヒアイスはヴィジフォンを切ると、巨大な戦艦の入口部分へ急いだ。大きな階段状のハッチがゆっくりと降りてくるのを眺めながら、たどり着くのに走って七分を要した。

「こんな所で、何をしておいででしたか、ラインハルトさま」
「ああ、キルヒアイスか」
 キルヒアイスがブリュンヒルトの艦橋に上がったとき、ラインハルトは指揮シートに座って、スクリーンにオーディンの夜空の実景を映し出していた。
「さっき、警備兵から連絡があって待ってた」
「銀河帝国大将ともあろう方が、こんなところにお一人で、困った方だ」
「どうしても、もう一度、この艦に乗りたくて。皆が帰るというから、静かになるし一人もいいかな、と思って残ったんだけどな」
「暖房や空調は、ちゃんと動いているんですか? まだ寒いですから、下手なことをすると風邪を引きますよ」
「相変わらず心配性だな、キルヒアイスは」
 ラインハルトは、近づいて側に立ったキルヒアイスの赤い髪を指に絡めた。
「お前なら、きっとここが分かると思っていた。でも、遅かったじゃないか」
「すみません。フーバー夫人につかまって食事していたんですよ。ラインハルトさまのぶんも、ちゃんと持って来ましたからね」
 キルヒアイスは手にしていた紙袋をラインハルトの膝に乗せた。
「なんだ、これは。いい匂いだが」
「フーバー夫人お得意のチキンパイとコーヒー、それにデザートのチョコレートムースです」
「キルヒアイス……ピクニックじゃないんだから」
「似たようなものですよ」
「う……」
「どうしました、ラインハルトさま」
「お腹が鳴った」
「当たり前です。こんな時間まで本当に何も食べてなかったんですか? どこかでファーストフードでも召し上がってから、ここにいらしたとか」
「何も食べてないし、飲んでない。お前が来るまで、お腹が空いたのにも気がつかなかった」
 キルヒアイスはラインハルトの手からまた紙袋を奪い取ると、中身を取り出した。
「さあ、膝をそろえて、お行儀良く座って下さい」
「おい、キルヒアイス」
「テーブルがありませんから、しょうがないですよ。ここで食べちゃいましょう」
「でも……どこかに場所を変えようか?」       
そのとたん、またラインハルトの胃が空腹を訴えた。
「その時間がもったいないでしょう」
「そうだな」
 ラインハルトは納得して、膝の上にパイとデザートを乗せて、神妙に食べはじめた。
 キルヒアイスはコーヒーだけを付き合って、側に立っている。
「なんだ、何をニヤニヤしているんだ、キルヒアイス」
「いえ、だって、提督の称号をもっていらっしゃる方がこともあろうに、戦艦の指揮シートでお弁当を食べるなんて、後にも先にもないことだろうと思って」
「そんなこと、笑うなよ」
 ラインハルトは口を尖らせようとしたが、チキンパイを頬張りながらでは上手くいくはずもない。仕方なく、彼も笑った。
「なあ、キルヒアイス、おかしいか?」
「だからお弁当は可笑しいですよ、ラインハルトさま」
「そうじゃなくて……」
 ラインハルトはチョコレートの最後の一口を食べおえると、キルヒアイスの手から、コーヒーの入った紙コップを受け取った。
「おれが、こんなにこの艦を気に入っているのって、やっぱりおかしいか?」
「どうしてです? 大将に昇進した印に、与えられる個人の旗艦ですよ。しかも、このブリュンヒルトは他の帝国軍に類を見ない最新技術が、たくさん使われていると聞いています」
 キルヒアイスはコンソールのところへ行って、スクリーンを外の実景から、ブリュンヒルトの艦影とデータに切り換えた。
 地上ではあまりに大きすぎて、その全体が見渡せない艦が、宇宙の闇を背景に、白鳥にも似た美しい姿を浮かび上がらせた。
「全長1007m 全幅264m 全高273m 乗員1171名……」
 主力推進機、補助推進機、武装、艦載機等のデータが延々と続く。
「同時に32目標捕捉、うち半分は同時攻撃可能か。それもすごいが、耐ビーム性能が優れてるな。攻撃だけでなく、防御も高性能というわけだ」
「ワルキューレの積載数も、普通の戦艦からみるとかなり多いですね」
「面白いのがあるぞ、ほら、この艦は着水したり、離水したり出来るそうだ」
「なるほど。この形だからこそ出来るんですね、そういうことが」
「まあ……実際にそんな場面に遭遇することはまずないと思うけどな」
「分かりませんよ。どんな悪条件の惑星に飛ばされるかも知れませんから」
「おい、一万隻以上の艦隊を率いるようになっても、そんなところにやられるのか?」
 二人は、自分たちよりまだ上位にいる人々の映像を心に結んだ。あの人々なら、そういう仕打ちに出るかも知れない。二人は顔を見合わせて苦笑いした。
「でも、こんな艦だったら、ラインハルトさまがほとんど恋人のように夢中になるのも分かります。だから、おかしくなんてありませんよ」
「いや……この艦は皇帝がおれにくれたものだ。あの男が。それでもおれは嬉しがるなんてな……」
「そんなことを考えていらっしゃったんですか、ラインハルトさま」
「うん」
 キルヒアイスはコンソールを操作して、ブリュンヒルトの艦影を消し、またラインハルトのところに戻った。
「いいではないですか。皇帝から賜ったといっても、実際は軍務省が手配するわけですし、利用できるものは利用する精神でいかないと」
 ラインハルトは、ちょっと見直したように親友の顔を見つめた。
「お前、ずいぶんとドライな考え方になったなあ」
「ラインハルトさまこそ、そんなに思い詰めて考えるのは、体に毒です」
「ふう……」
 ラインハルトは、指揮シートを倒して、また夜空を映している天井を見上げた。
「ともかく、おれはこの艦が好きだ。この艦に乗って、この宇宙のどこまでも行きたい……そう思うのはおかしくないよな」
「はい、ラインハルトさま」
「そうだな。もうしばらくしてまた出征があれば、そのときはこの艦を陣頭に立てて、思う存分戦ってやるさ。そうだ、これは俺の艦なんだ」
「文字通り、ラインハルトさまの翼、ですね」
 キルヒアイスは何気なく陳腐な比喩でそう言ったのだが、ラインハルトはその言葉の響きに顔を輝かせた。
「翼か」
「そうです、ラインハルトさま。あなたの翼です」
「ということは、お前の翼でもあるわけだぞ」
 ラインハルトはいつも、そう言ってくれるのだ。彼は自分の未来の全てをキルヒアイスと共有するつもりでいてくれる。
 それは信頼と呼ぶものなのか、それ以上のものなのか、キルヒアイスには判断がつかなかった。でも、ラインハルトのそういう言葉を聞くたびに、心が明るくなるのを感じるのだった。
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 それからしばらく、艦内を探検して歩いた二人は、自分たちの私室になる場所に戻ってきた。
「もう帰っても遅すぎるからなあ。今夜はここに泊まろうか、キルヒアイス」
 無邪気にそう言われて、キルヒアイスはちょっと困惑した。
「そうですね。もう寝なくてはいけない時間でしょうが……警備兵になんて言って連絡します?」
「なんてって、正直に遅くなったからここで寝ます、じゃあいけないのか?」
 いけなくはないのだが。
「変人だと思われてしまいそうですね」
「この艦が気に入ったから、一晩ここにいたい、と言ったら?」
「あと少しで半年はここから帰れない生活になる、というのにですか?」
 それでも、ラインハルトの言うとおりに連絡するより道はなかった。もうとっくに変な大将閣下と副官、と思われているかも知れなくて、キルヒアイスはそれを考えないようにした。
 ちょっと恥ずかしい連絡を済ませてしまうと、キルヒアイスは部屋の点検を始めた。
「ここが提督室、ラインハルトさまの私室と執務室ですね」
「お前の部屋はこっち、艦長がこっち」
 新しい戦艦の部屋は、設備が良くて気持ちいい。
「じゃ、私は自分のところで寝ることにします。おやすみなさい」
「キルヒアイス」
「はい、ラインハルトさま」
「変ついでに、一緒に寝ないか?」
「え?」
 部屋はまだ、ベッドメイキングされていない。剥き出しのマットと、辛うじて毛布があるだけだった。
「これではちょっと寒そうだけどさ、二人でくっついてたら暖かいだろう?」
「…………」
 キルヒアイスは、ラインハルトの部屋のベッドの広さと、自分たちの体のサイズの両方を考えた。確かに、一緒なら暖かい。子供のころはよくそうやって一緒に寝たものだが……。
「このベッド、一人分にしては結構広いぞ?」
 ラインハルトはそういうと、上着を脱ぎ、毛布を巻き付けて、ベッドに横になってしまった。
「ラインハルトさま……」
「早く来い、キルヒアイス。じゃないと、先に眠っちゃうぞ。じゃな」
 ラインハルトは目を閉じて、入眠体制に入ろうとしている。
 一緒に寝よう、といったって、ラインハルトが別におかしなことを考えたりしていないのは、キルヒアイスにはよく分かる。もちろん、彼だってラインハルトに対して邪な感情など持っていないのだが……。
 キルヒアイスが逡巡しているうちに、ラインハルトはすやすやと寝息を立てはじめた。下宿のベッドより寝心地は悪いだろうに、幸せそうに、平和そうに、ラインハルトは眠っている。
「本当に、この艦がお気に入りなんだな、ラインハルトさまは」
 キルヒアイスはラインハルトの寝顔をしばらく見ていたが、どうしてもベッドにもぐり込む気にはなれなくてそっと部屋を出た。

 キルヒアイスは自分の部屋に行かず、艦橋に戻ってきた。先程スイッチを切ったスクリーンを、また作動させる。
「星図を……」
 キルヒアイスの指がコンソールのキーを叩き、しばらくして、艦橋全体が宇宙の航路図で覆われた。
 黒地に白で星と航路が示されているモードから、より実物に近い星空のモードへと切り換えると、まるでプラネタリウムにでもいるように、満天の星空が現れた。
「オーディン……」
 キルヒアイスがキーボードを叩く。彼らが今いる銀河帝国の主星が明るく光り、その側に名前が表示された。
「カストロプ……ガイエスブルグ……もっと奥には地球……人類発祥の星」
 帝国領をサーチしおわると、今度は。
「フェザーン……か」
 それから彼ら軍人にとって、もっとも親しみ深い星域。
「イゼルローン……カプチェランカ……ヴァンフリート……アムリッツァ……ティアマト……」
 光り輝く星空が、そこで急に暗くなる。星の位置は分かっても、名前もなく、航路もわからない……
「それが、自由惑星同盟領だ」
「ラインハルトさま」
 キルヒアイスがびっくりして振り返ると、眠っていたはずのラインハルトが上着を脱いだままの姿で立っていた。
「何をしてるんだ、キルヒアイス。おかげで寒くて目がさめたじゃないか」
「すみません。なんだか眠れなくて……」
「この艦は、星図もこんな出方をするのか……」
 ラインハルトは感心してスクリーンを見上げた。
「ティアマト星域から先……ハイネセンはここか」
 ハイネセン、と打ち込むと、スクリーンの隅で星がひとつ輝き、名前が表示された。
「この星がここにあることは分かっている。だが、そこにどう行けばいいのか。フェザーンの商人たちは知っているのだろうが、帝国に対しては自治権を楯にそれを教えようとしない」
「はい、ラインハルトさま」
 だから、イゼルローンからハイネセンまでの航路図は暗いままなのだ。
 ラインハルトは、その空白を指さすと、
「キルヒアイス、この星を手に入れるのはおれたちだ。おれたちで、この星図を埋めてやろう」
 ラインハルトの口調は、決然としていたが、気負いはなく、どちらかといえば淡々としてキルヒアイスの耳に聞こえた。
「宇宙を手に入れる、と誓ったんだ。帝国だけじゃないこの宇宙全てを。そうだったろう、キルヒアイス」
 皇帝を倒し、アンネローゼさまを取り戻す。そしてそれでもまだ終わらない。ラインハルトは、宇宙の果てをめざして、どこまでもどこまでも駆け抜けようとしているのだ。
 ブリュンヒルトという、白い翼を得て。
 キルヒアイスは、ふと自分のほうが気負っているのに気がついて、深呼吸し、肩の力を抜いた。
「ラインハルトさまは、宇宙を手に入れるのなど、なんでもないことのようにおっしゃるのですね」
「そんなことはないぞ。おれなりに、決意を表明しているんだけどな」
「私は普通の人間ですから、ときどきラインハルトさまについていくのが大変なときがあります」
「馬鹿いうなよ、キルヒアイス。お前がいなければ、おれだって困る。だから、そんな弱音は吐くな」
「そうですね」
「さあ、もう寝よう。ほら、お前がいなければ、おれは安眠することも出来ないじゃないか」
「それは寒いから、でしょう。私は湯たんぽがわりというわけですね」
「っもう、それ以上ごたくを並べると怒るぞ」
 ラインハルトはキルヒアイスの腕をひっぱると、有無を言わせずに寝室へ引きずっていき、有無を言わせずに一緒の毛布にくるまった。
 案の定、ラインハルトはまたすぐに寝息を立てはじめたが、キルヒアイスはそのラインハルトの息づかいを感じながら、しばらくは寝つけなかった。

「結局は朝帰り、というわけかい、金髪さんと赤毛さんは」 
 フーバー夫人は、朝食に一時間も遅れて、ようやく戻ってきた二人を前に、また少しご機嫌ななめだった。
「今日が休みだなんて、ちゃんと言っといてもらわないとね。いつもなら、勤務に遅れる時間だし、どれだけ気を揉んだと思ってるんだい」
「すみません。宇宙港の中に入っていたものですから、連絡が取れなくて、申し訳ありません」
「まあ、無事ならもういいから、早く食べなさい」
 フーバー夫人がミルクを取りに台所に戻ったところでラインハルトが文句を言った。
「もう大人なんだから、少しはいいよな」
「でも、心配してくれる人がいるというのも、いいもんですよ、ラインハルトさま」
「うーん、そうかも知れないが、あんなふうに怒らなくても……」
「そういうの、お嫌いですか?」
 ラインハルトはそう聞かれると、しばらく黙ってソーセージをつついていたが、
「よく考えてみると、嫌いじゃない」
 と呟いた。
「だったら、素直に反省して、これからはもう心配かけないようにしましょうね。ここの下宿の小母さんたちはいい人ですから」
「うん」
 ラインハルトは仕方がない、といった顔で、固パンをちぎった。
「それから、ラインハルトさま」
「なんだ?」
「私にも、心配はかけないでいただけますか?」
 ラインハルトは、口にくわえたパンをそのままに、上目づかいでキルヒアイスの顔を見た。
「怒ってるのか、夕べのこと?」
「そうですね。とにかく、連絡だけはちゃんとしていただかないと」
「分かった」
 ラインハルトは、パンを飲み込むとコーヒーで流し込んだ。それから、
「すまなかった、謝る。これから、連絡はちゃんとするから、だから」
「だから、何ですか?」
「だから、これからも心配はかけるぞ。いいな、キルヒアイス」
 開け放した窓から、食堂にはさわやかな春の風が吹き込んでくる。
 さっさと席を立って行ってしまったラインハルトに取り残されたキルヒアイスは、なんだか嬉しそうな顔をしていた。

END

COMMENT
私がライキルな話を考えると、リンベルク・シュトラーセの時代になってしまいます。二人が一番輝いていた時代、何も持ってなくて、少し哀しくて、でも明日だけを見つめてたあの頃。その輝きを共有したくて、時々リンベルク・シュトラーセへ戻ってみたくなります。そう思うと、心はもう、あの美しいオーディンの街路に飛んでしまいます。飛ぶだけ飛んで、なかなか原稿は進みません。とほほ。(高村)
ライキル小説 |
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